2008年03月26日

ヨーガの瞑想

瞑想をするということ

 悟りを得たいとか、救われたいと求めて、

ヨーガをやり、瞑想をしても

それは、ヨーガでなく、瞑想でもありません。



「からにする」ことが何よりもたいせつです。

 それは、「とらわれ」を手放すことです。


ただ、ヨーガを行ない、瞑想をする
、ということです。


 
いつも自分でおこない、つかんでください。

本を読んでわかったと思っても、

人の話を聞いて納得して理解したように思っても、

 それは本当の意味で

「わかった」

ことにはなりません。


真理は、自分で選択し、自分が行うことで獲得するものです。

 
 他人が行って、他人がつかんだものは、
いくら話を聞いても、本を読んでも参考になるだけで、
自分のものにはなりません。


人から人へと伝えることができないもの、
自分で体得する以外にないものが、

本当の意味で、
自分を救うことができるのです。

 
無になるための大切な条件のひとつは、
「求めない」
ということです。


 ああなって欲しい、こうなって欲しいと思わず、願わない。

ありのままにみて、ありのままに行う。

ただ、これあるのみ。

posted by 柊 at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ヨガ (ヨーガ ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

夫婦で「がん」を生きる

 ヨーガを教える傍ら、私は人からよく相談を受けます。

ヨーガやレイキの生徒さんからのメールでの相談であったり、

面識がある方なら時間を取って直接会うこともあり、

友人の紹介でヨーガヒーリングをして欲しいなどの問い合わせもあります。

がんを患っている方であったり、自殺を考えている若い方や主婦であったり、さまざまです。

 チェックリストに答えてもらい、しばし話してみて、この人の原因となっているのであろう点が少しずつ見つかっていくのですが、

もちろん、間違っているからといって、原因らしきものがわかったからと言って、
その人のそれを修正するということはなかなかできるものではありません。

 そのための事例や、本や一編の詩をお話ししたところで、間違いに気づくのは、どこまでもその人でしかないからです

 私がその人の代わりにそのことに気づき、それに沿ったアドバイスをしても、

結局はその人自身がその人の心と身体で体得しなければ、わかったこと、気づいたことにはならないのです。

 自分は気づかないのですが、そうしたくてわざとその習慣を続けていたり、悪い考えを捨てないのです。

なぜなら、その人にはそれが必要だからなのです。

 また、人に言われてなるほどと思っても、自らが心底苦しみ、耐えられないと思わなければ、人は本気にならないのです。


私の知人で親しくさせていただいてるKさんから、この本をお借りしました

著者の菅沼定憲さんは、Kさんのご友人です。

定憲さんは中咽頭がん、奥様は乳がんと食道がん。

ご夫婦でがんを患った末たどり着いた結論が、

がんばるのはやめよう。

がんと仲良くしよう。

ということでした。

そして、そのためにガン細胞とはなんぞやと、がんを理解しようと努め始めます。

今、少しずつ読み始めています。

夫婦でがんを体験し、学んだこと。

あなたは、もうお読みになりましたか?


夫婦で「がん」を生きる  菅沼定憲

 
posted by 柊 at 11:30| Comment(3) | TrackBack(1) | ガン(がん)について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

取り返しがつかないことをしてしまいました

  朝早くから起きて、(子どもが旅行に行くので)荷物を整理していました。

着ていくジャンパーが汚れていたので、お風呂場で襟や袖口・肩のあたり、裾などを洗っていました。

水を絞っていたときに空気が抜けていくのを見て、ハタと気がつきました。

「あっ、これダウンだった・・・・」

まずいっ・・・・・・・・・

急いで水からあげましたが、もうすでに遅し・・・。

今さら、選択表示を見てみると、案の定

手洗い禁止 ドライクリーニング・・・当然なんですが・・・。

 どうしよう?????

月曜から出かけてしまうというのに、よりにもよってこのタイミングで・・・。

急いで二階に上がり、水を絞って竿にかけてみましたが、ダウンが濡れてダマ状になっていました。

どうして、手で洗ってしまったんだろう????

 実は、この時、他のことを考えてほとんど上の空で洗っていました。

心ここにあらずでした・・・。

不覚。

1時間後、ジャンパーを見に行きましたが、相変わらずのよれよれ状態。

子どもが起きてきたら、その嘆きようが容易に想像でき、なんて謝ればいいのか、他に着られるものがないのか、家中を急いで探し回ったりしてしまいました。

 もうこの時期ダウンなんて売っていないだろうし。

子どもが気に入っていたこのダウン、きっと相当悲しむだろうとわかっていました。

 混乱状態になりつつある自分を沈めることにまず専念しました。

今こそ落ち着いて、今、私は何をすべきか考えようと思いました。

困難なときはきっと、新たななにかに気づけるときなんだ、という確信がありました。

心を落ち着けて瞑想し、考えて決めたことは、

乾燥機に入れる、でした。

 もちろん、タンブラー禁止のマークがありました。

さらなる禁じ手をやれば、大事なものがもっと再生不能になるかもしれないことは私にもわかっていました。

 しかし、マイナスとマイナスでプラスになるかもしれないと感じたのです。

少しごわごわしたタオルが、ふんわりになるあの状態を思い出したのです。

 なぜだか強く大丈夫と思ったのです。

 乾燥機に濡れたままのジャンパーを入れ、レイキのシンボルを書いて、マントラを唱え、あとはお任せしました。

 途中で珍しく早く起きてきた子どもに事情を話し、素直に謝ると、全然こだわっていない態度に少し救われました。

 1時間後、少しふわふわしてきて、ホットし始めました。

そして、2時間後完全にふわふわ状態を取り戻してくれました!

大成功!!!!!

 今日も朝から学んだことがたくさんあります。

感謝。

 

2008年03月16日

必要なときに手を貸してくれる人がいますか?

  私は毎月、レイキヒーリングの良さをわかってもらいたい思いで、お茶会を行っています。 
 
 先日その席で、ある方から出された意見に、少々考えさせられました。

 それについて、他のみなさん(私にとっては特別の仲間)が言葉をかけてくれたり、
メールをくださったことでも、だいぶ私の心は、安らかになりました。

 人はいろいろな思い(想念)を抱くものであり、
その表現方法は、それぞれなのだと思っています。

 またその想念に、ある種の怒りが混在している場合には、
その怒りを解放したい人を引き寄せます。 

 それが、私であったのです。

 心配してくれた方からのメールを少し載せます・・・

 ・・・・・ヒーリングお茶会を楽しみにしているものとして、会がいつまでもつづくことが願いですし、
お茶会が必要な人たちが、会を楽しみ、会の時間の中で癒しや学びを得ることに会がある意義があるので、柊さんが負担が大きいのでしたら、軽くしていけばいいです。

してもらうのが当たり前になってしまうのが怖いですが、
それもそれぞれの人のこの会での勉強のひとつかもしれません。

気づきかもしれません。

会での心持はその人の生き方の反映であり、また会での事ががその人の明日の人生に反映していくのだと思います。

柊さんがいつも言っている、感謝です。

本当の感謝ができるか、気がつかないかです、ネ。

私はまだまだ学ばなければいけない人間なので、これからも参加させてください。

多くの学びが必要な人の為にヒーリングお茶会を楽しく続けてください。

 柊さんはパワーのある人です。
それがない人にっとっては、
嫉妬の思いも起こす人がいるとも思います。

例えれば、高橋尚子と普通のランナーのようなものです。

柊さんは自分のペースで走りつづければいいと思います。

 ・・・・・

 以前の私だったら、多分落ち込んでいたと思います。
 
 でも、あの場に仲間と呼べる信頼できる人たちがいてくれたおかげと、私も以前よりは強くなったので、乗り切ることができました。

 必要なときに、さっと手をさしのべてくれる人がいてくれることを、私は心から幸せに感じています。

  それは、私にとって
何ものにも代えられない大きな存在です。

 ほんとうに、人にはいろんな思い(想念・パワー・エネルギー)があります。

 人混みに出かけるとき、人と会うとき、
自らのエネルギーを高めることの意義を感じます。

ヨーガや、レイキヒーリングをやっていてよかったと心底思っています。
 
 相手に怒りを向ければ、怒りが自分に還ってきます。
逆も、然り。

 私は、強さには憧れません。
 強くなりたいと、少しも思っていません。
強さは、もろいからです。

 今よりもっと、あたたかで、柔らかでありたいと思います。
力を抜いて、こころのままに。

穏やかな大気のエネルギーが
いつも、どんなときにも
あなたを包んでいることを
忘れないでいられますように・・・。

ナマステ(合掌)

 それではまた・・。   

posted by 柊 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きるヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

あの映画スターの気

 バンクーバーのブロードウェイという通りはギリシャ人街で、あちこちにギリシャ料理が食べられるレストランや、デリカがありました。
私はヨガの帰りにいつもそのストリートで買い物を済ませながら帰りました。


その日も、いつものようにヨガマットを背負って歩いていたのですが、


いつもとは明らかに違う、


なぜだかわからないけれど、ものすごく明るい光のようなものを感じていたのです。


しかもそれは(私が歩く)遙か前方から感じられたのです。


本当は、そのあたりで右に曲がるはずでしたが、どうしても気になったのでそのまま明るい方へ進んでみました。


その先に何があるのか、どうしても気になったからです。

 
光の主は、HARVEY KEITEL・・ ハーヴェイ・カイテルでした。


『ピアノレッスン』で、粗野な男ベインズを演じた俳優でした。


彼は通りに置いた小さなテーブルに、きれいな若いBOYと向かい合って座っていました。


彼と目があって、向こうから


「Hi, How are you? Are you going to do YOGA?」

と、気さくに声をかけられました。


その輝きといったら、言葉では表現できないくらいです。


100メートル離れていても、輝きを放てるスターのもの凄いパワー、エネルギーに圧倒されました。


いつもは持ち歩いているデジカメを持っていなくて残念でした。


圧倒的な存在感に、ただただ感激!!!

 
人はそれぞれ、雰囲気を持っています。


その人から発せられる、気(パワー・エネルギー)です。


ヨガや、Reiki (レイキ)をすることで、気に対してとても敏感になります。


と、同時に邪気(マイナスの気)を受けないように自らを高めることができるようになります。


そしてまた、自分を護ることも、できるようになります。


ただ、普通のヨガではそれは起こりません。


ちゃんとした方法があります。

posted by 柊 at 18:34| Comment(1) | TrackBack(0) | ヨガ (ヨーガ ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

『がん患者学』柳原和子さん逝く

 先日、帰宅した子どもがいきなり

「ママ、やなぎはらかずこさんって、知ってる?」

と、聞いてきました。

瞬間に、

あっ、(柳原和子さんが)亡くなったんだと思いました。

子どもは新聞記事で、彼女の訃報を知ったようでした。

 新聞の朝刊を見ると、本当に彼女の写真と共に、訃報記事がありました。

 ショックでした。

胃がんの母のリンパ節転移がわかり、

必死で(生きるための)なにかを探し求めていたときに

私が見つけた本のひとつが、この本でした。

がん患者学〈1〉長期生存患者たちに学ぶ (中公文庫)

本を読んで、胃ガンの母の生きる望みが見えたような気がしました。

柳原和子というがん患者の存在と、彼女が書いた本は、

胃ガン転移を知らされた私たちにとって、

右か左か全くわからない真っ暗闇の中を、

遙か向こうの方から明るく照らしてくれた、まさに一筋の光明でした。

 この本に会わなければ、あの当時、あそこまでポジティブに生きられたかどうかわかりませんでした。

その意味でも、彼女の存在と、この本に心から感謝しています。

 数ヶ月前、NHKの番組で、
がん再発の治療を大学病院などで懸命に行っているという姿絵を拝見しました。

 「生きたい」そして「書きたい」という思いが伝わってくる内容でした。

 彼女なら、生き抜いてくれるような気がしていただけに、大変残念です。 

謹んで、ご冥福をお祈りいたします。 

 でも、子どもの口から「やなぎはらかずこさん」という文字が出てくるとは思わなかったので、
そのことにも、正直驚きました。

あとで、

「なぜ(柳原さんのことを)聞いたの?」

と聞いたら、

「ママと、関係ある人だと思ったから」

と言うのです。

 こんなこと(訃報について私に尋ねる)をいうのは、初めてでしたが、
子どもなりになんとなく感じるものがあったんでしょう。

 人生は、道半ばで終わることもあります。

私もそうであるのかもしれません。

だからこそ、今、一生のつもりで生きてみます。








 
posted by 柊 at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 生きるヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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