2006年06月26日

30.乙武君を見て思い出すこと

 病院の広い待合室で待っている家族のところへ走って行った。
 
私;「ガンじゃないんだって! 」

主人;「えぇっ・・・・・・・!ホントに? ホントに? どうして、そんなすぐにわかったの?  
 
 今、細胞診をやってくれたから、検査の結果が出るまでは完全には喜べないけど、先生の触診と、「細胞診」の時の手応えでほぼ「ガン」ではないと思うって言われたことなどを説明すると、子どもが
 
「じゃあ、入院してお胸とらないでいいの? 」
と聞いてきた。
 
「うん、ママはどこへも行かないよ」
 
「よかったぁ! よかったぁ! まま、いかないんだね。ずっといっしょなんだね」 
 
主人;「よかったなぁ、ここに来て」
 
 本当に良かった。家族に迷惑掛けたけれど、ここまで来てよかった。
 
 3番目の病院でかなり「深刻」な状態と言われ、それなら遠くてもいいからあらゆることに対応できるところにしようと決めていた。
 
 ここならそれが全部ある。
 
 ただ、医師が
「僕の病院に来られますか? 」
と誘ってくれなかったら、決断も付かなかった。
 
 あのまま、これまでの医師の診断に疑問を感じないで、「あの作家」と巡り会わず、ナースの友だちもいないで、この子もいなかったら、私は必要のない「全身麻酔」や、必要のない「リンパ節郭清」をしていたのだ。
 
 人生の大きな分かれ道に、自分が立っていたことをはじめて感じた。
 
 巷(ちまた)には情報があふれている。

 

 その中で、どんな情報を得、何を選択し、決断するかによって、まったくその後の人生が変わってくる。
 
 このときほど、その怖さを肌で感じたことはなかった。
 
 3番目の病院で手術している自分を想像すると、今でもこわくなる。
 
 

 ホテルは12時が、チェックアウトなので、十分に間に合う。支払いが済むまで、家族みんな、嬉しさをかみしめ合っていた。
 
 昨夜は『五体不満足』の作者 乙武君と、エレベーターで一緒になった。彼の本を読んでいたので声を掛けたかったが、それができなかった。連れの方と2人で話に夢中で、それがとぎれることがなかったからだ。
 
 それに、プライベートできている様子だったので、なんだか気が引けたせいもあった。
 
 TVで見たままの、好青年だった。とても感じのよい方とご一緒だったので、たぶんそれが今の奥様なのだろう。
 
 さわやかな風を残して、2人は先に降りていってしまった。
 

 あれから6年もたっているのに、未だに子どもはその光景を覚えていて、乙武君がTVに出ると、
「この人にあった、あったんだよね」
と、嬉しそうに自慢する。
 
 私は、乙武君を見る度に、自分のこの経験を思い出す。彼にエレベーターで会ったときは、まだ「ガン」と言われていたときだったので、そのことも含めて、ブドウの房のようにたくさん思い出す。
 
 まさか、乙武君は、自分のことを見てそんなことを思う人がいるとは夢にも思わないだろう。
 

 ホテルをチェックアウトしてから、久しぶりの美味しい食事をした。
 
 自宅に戻って、心からほっとした。
 
 こんな嬉しい結果が出るなんて、嬉しすぎて、夢かと思った。久しぶりにぐっすりと眠った。
 
 

 

 午前三時、電話のベルが鳴った。  母に何かあったのか・・・・? 
 
 
きょうのひとこと
 
  生かされてる。

 
 自分だけで生きてるんじゃない。
 
 誰かによって、私は生かされてる。
 
 ありがたい。
 

 

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