2006年07月07日

36. 「乳ガン の名医 」に会えない・ストレス のゆくえ

 

 待ちに待った大学病院での決戦の日、名前を呼ばれて外科の中待合室まで入りました。
 
 でも、診察室前の名札にはあの乳がんの名医 の名前がなかったのです。
 
 まったく知らない、N医師でもない、初めて目にする別の医師の名前でした。
 
 愕然となる。

 
  ナースに聞くと、その「乳ガンの名医 」は、今日は外来での診察ががない日なのだという。
 
 初診の時とおなじ曜日だから会えるはず、と期待してしまった私がバカだった。
 
 その医師は、私を見るなり
 
「手術 の時は、大変不愉快な思いをさせてしまいまして・・・・・」
 
と、丁寧に謝罪をしてくださった。N医師が伝えたのか、手術の日の私の抗議内容がカルテに書いてあったのか定かではないけれど、とにかく
 
 「○○医師に代わってお詫びいたします」
と、頭を下げられた。
 
  私は、「私の気持ち」だけを言った。
 
 先日のN医師にぶつけた言葉を、同じようにこの医師に投げかける気は、もうなかった。
 

 やさしく痛くないように胸の傷口 の抜糸をしてくれたこの医師も、穏やかな先生だった。
 
  後日、手術で摘出した腫瘍 の病理検査の結果とともに、丁寧な手紙がこの医師から届いた。

 返事を何度も書いては破り、結局未だにそのお礼の手紙を書けずにいる。
 
 最初は冷静だけれど、そのうち文章が荒くなっていったから。この医師にぶつけたところでどうなるものでもなく、そうすることでこの医師 を(関係ないのに)責めてしまうことになるのがイヤだった。
 
 もう一度、この大学病院 で、あの乳がんの名医 の診察日に出かけ、説明を求めることもできた。でも、その時の私にはもうそんな気力さえなかった。
 
 「乳ガンの名医 」にコンタクトをとってくれた仲介者に連絡を取り、事情を話すと
 
「○○先生はそういう手術(良性腫瘍 )はしませんよ、なにかの間違いでしょう」
と言われ、私の聞きちがいだ、と冷たくつきはなされた。
   
 私の中でわき出したマイナスのエネルギー は出る場所とタイミングを失って、内へ、内へと入り込んでいった。持って行き場がないまま、意識的に自分の中へ押し込んでしまっていった。
 
 見た目は何も変わらないように見えたが、出ていくべき大きなストレス が自分自身の奥深くに向けられていった。
 
 そこから始まった、苦痛の日々・・・。
 
 ストレス のはけ口を見つけられぬまま、それは私の中で思いもかけない形で現れてきた。
 
  
 きょうのひとこと

 
 あの時、ストレス を流す最良の方法を知っていたら、あの苦しみは巡ってこなかった。

 
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