今日は、タイトルからしてちょっと怪しいんですが、でもこのままです。
「あなたにかけられた呪いをといてもらう」
これはあなたにとって必要な作業です。
呪いと聞いてピンとくる方は、少ないと思います。
あなたは、がん の主治医からこんな言葉を言われたことはありませんか?
「(がん の手術をしたのですから)あなたにはもう何もすることはないです」
「あなたのがん の場合は、もう何も方法はありません」
「再発したら、あきらめてください」
「もって、あと半年ですね」
「悔いのない人生を送ってください」
「その時は覚悟してください」
・・・・・数え上げたらきりがありません。これらの言葉は、医師がよく患者さんに言う言葉で、実際に私の家族が言われた内容でした。
もちろん医師には、悪意などこれっぽっちもありません。
信頼できる科学的なデーターにのっとって、マニュアルどおりに話しているのですから。
ある意味、統計的には事実なのかもしれません。
(このような、ある種の「呪い」と書くと、不愉快に思う医療関係者がいらっしゃるかも知れませんが、私はやはりがん患者にとって「呪い」に近いほどの重みがある言葉だと考えますので、この言葉を使います。お許しください)
しかしこのような言葉をかけられた患者さんが、生きる希望を持てるわけがありません。
「あー、自分はだめなんだ。もうすぐ死ぬんだ、助からないんだ、終りなんだ・・・」
牛が反芻(はんすう)するように、患者はその言葉を事あるごとに反芻してしまうのです。
私などが言っても、何の重みもありません(と言うか、私はこのような言葉を選びません)が。
それは権威ある医師だから、決定的です。
まさに「生きる道は、私には残されていないのだ」 と、死の宣告にも値するからです。
でも、あえて私はあなたに言いたい。 確かに今、あなたはガンかもしれない。
でも、将来はわからない。あなたの将来は、その医師にも、誰にもわからないのです。
あなたが助かりたかったら、
「私は、これを (医師の言葉を受け入れて、何もしないで死を待つ) 選ばない」
と、決めることです。
「見苦しいと言われようが、なにがなんでも生きてみせる」
と、心に決めることです。
そのために、誰かに「医師にかけられた呪い」を、といてもらってください。
あなたが信頼できる人、かかりつけの医師、牧師、友人など、あなたがまず心に浮かぶ人に相談してみてください。たとえば家族がこう言ってあげてください。
「大丈夫、絶対にあなたを助けるから。ぜったいにあきらめないから」
(と言いながら、心の片隅では、でもダメかもしれないと思ってはいけません)
心の底から、なにがんでも助ける、と意図するのです。
私は(医師から先ほどの言葉を言われた)母に
「ガンでも大丈夫。私が絶対に助けるから。私は絶対にあきらめないから。(医師は見捨てても)見捨てないから。だからお母さんも、どんなことがあってもあきらめないで」
と、言いました。 私は本気でした。
心底、誰も助けてくれなくてもいい。私が助ける。見苦しいと言われようが構わない。
母が生き残る道は、私は自分で探す、と決意したのです。
私は大丈夫でしたが、母の更なる不安を取り除く意味で、やはり信頼できる医師が必要でした。
経験があり、権威のある、穏やかで、すべてを受け入れてくださる医師を探しました。
それが、本当の意味で母にかけられた「呪い」をといてくださった方です。
帯津良一(おびつりょういち)先生、その人でした。
http://www.obitsusankei.or.jp/info/lecture.html
きょうのひとこと
先日、母の誕生日にこう言葉をかけました。
「 生きていてくれて、ありがとう。 よくここまでがんばったね、ありがとう」



コメントありがとうございました。説明不足ですみません。
「おびつ」と読みます。「たいつ」ではありません。確かに知ってる方は知ってますが、難しい漢字でした。ありがとうございました。柊
先週、長野の水輪での帯津養生塾へ行ってきました。今年3回目です。
柊さんは行かれたことありますか?