2007年01月20日

133. カナダのヨガとガンの母が毎日してきたこと

 天窓のある120畳ほどのスペースで、日々ヨガ(ヨーガ)をしています。
 
そこでは、私はヨガ(ヨーガ)クラスの、ただの一生徒になります。
 
 今日のヨガインストラクターは、笑顔のとってもきれいな白人の女性でした。
 
帰国までの間に、多くのヨガ(ヨーガ)にふれたいと思い、このスタジオを選んでいます。
 
 カナダにいながら、恥ずかしいことに私は英語が苦手です。
 
ですから、英語でのこのヨガレッスンも、実は私にとっては英語のヒヤリング授業のようなものです。
 
 全部理解することなど、とうていできません。
 
 気がつくと自分だけポーズが出遅れていたり、目をつぶる時にも薄目を開けていなければ動きについていけないときもあります。
 
 でも、このスタジオにいて、ヨガをしていると本当に心が楽になります。
 
カナダでのヨガが、精神的な平安をもたらしてくれています。ヒーリングです。
 
私は自分の心と体を癒すために、このヨガスタジオに来ているといっても過言ではありません。
 
ご存じない方もいるかもしれませんが、言葉には昔から【言霊(ことだま)】というように、パワー(エネルギー)があります。
 
 ヨガのときにも「マントラ」といって声を出すのですが、これがすごくいいのです。
 
言葉のもつ波動が心と身体に心地よく響いて、よいエネルギーで満たされます。
 
今日は、総勢30人ほどで、このマントラを唱えましたが、圧巻でした。
 
 ガンの母は、 日本で毎日2回欠かさず仏壇に向かい、大きな声で「般若心経」を唱えています。
 
大きく息を吸い、腹筋を使って長い「般若心経」を唱え続けてきました。
 
腹式呼吸と、言霊パワーが、母のガンに効いているような気がします。
 
あなたが今ガンでも、ヨガは無理という方は、なんでもいいですから何かを一心に大きな声に出して言ってみてください。
 
その時は、あなたの心に響く、よい言葉を選んでください。

 
そして、それを毎日続けてみてください。
 

きっと、あなたは変わってきます。

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2006年06月10日

15. セカンドオピニオンをしなかったわけ

 母がセカンドオピニオンをしなかったのには理由がありました。
 
 理由は三つ。
 
 1.病院が「ガン 専門」の病院だったし、経験のある医師だったから
 2.医師から「早期ガン 」で外科手術で完治する程度のもので「心配はいらない」と言われた
 3.私が、アドバイスできなかった(わたし自身が術後だったため)
 
  もしも私がその頃心身共に元気でありさえすれば、母達は私に相談したはずなんです。
 母の「ガン 告知・ガン 手術」を知ったのは入院の実に10日前ぐらいでした。
 
 母達は、私に心配をかけまいとして黙っていたんです。
 
 また、あとで知らされても、私もそのようなことなら医師を信頼していいと思えたんです。
 
 今振り返ってみると、あんなかたちで手術をするべきではなかったんです。
   
 
 何が欠けていたか? と問われたら・・・
 
 「セカンドオピニオン」をやらなかったという失敗より、(むしろ母の場合は)それ以前の、医師とのコミュニケーション不足だったと思います。
 
  手術前の十分な「インフォームド・コンセント」がなかったのです。
 
  それがすべての原因でした。
 
 それは、医師の責任だけではありません。
 「ガン専門医」という「権威」にとらわれて、「医師」を見ずに「肩書き」で「全幅の信頼」をおいてしまった、私たちの失敗でした。
 
 難しい医学専門用語を並べて、「このことはどうなんだ」といいがかりをつけてきたあとで、
 「なにもわからないんだから、だまってろ」
と、すごみをきかせて、もう何も言えない状態にしてしまうような医師だとは読めなかった。 
 
    「黙ってろ」 = 「はい、お任せします」
   「任せろ」=「信頼」・・・でも「勝手に信頼されちゃこまる」 (かなり特殊)
 
 もしこのブログを読んでくださってるあなたが同じような状況だったら、まず医師と話し合う機会を持ってください。
 
 まず、「インフォームド・コンセント」から始めてください。
 
 その時に、丁寧に説明をしてくれる医師か、医師のこの症例の手術の件数・治癒率・転移の可能性・手術の危険性などいやがらずになんども納得するまでつきあってくれるか? 患者の不安を取りのぞこうとする態度が見えるか。
 
 「決行」は、手術前です(切ってからでは、遅すぎます)。
 「セカンドオピニオン」はそれからです。
 
 大丈夫、こんな修羅場もくぐりぬけ、母は元気なんですから。
 
 聡明なあなたなら、きっと大丈夫。
 
 こわくないです、あんな医師はめったにいないですから。  

posted by 柊 at 05:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

14.僕たちの失敗・なぜセカンドオピニオンをしなかったのか


 やっぱり、母の胃ガンの手術前に「セカンドオピニオン 」をやるべきでした。
 

 悔しいけど、あの母の主治医が言ったとおりです。

ちゃんと、手術前に「セカンドオピニオン 」を探してさえいたら、こんなことにはならなかったんです。きっとすべての流れがちがってたいたことでしょう。
 
 それに、私自身は(母のガン告知 の)2ヶ月前に「セカンドオピニオン 」を見つけていたんです。
 
 2ヶ月前、私は検査で「悪いもの(ガン )でしょうね」と言われて、「乳ガン」の手術を勧められていました。
 
 あの頃、私は必死で「セカンドオピニオン 」を探していました。
 
 その年の5月、市の「乳ガン 検診」がありました。市の施設の広い部屋のコーナーに簡単カーテンのついたてで仕切られた場所でありました。
 
 順番を待つ人のための椅子と、ついたてのカーテンの中にベッドがふたつ。検診医はひとりで、検診は簡単な触診だけでした。
 
検診医:「あれっ」
 
わたし;「えっ? 」
 
検診医;「うぅーん、あるね」
 
わたし;「・・・・」
 
検診医;「自分でもわかる? 自分でも(しこりのチェック )してる? 」
 
わたし;「いえ、あまりしたことないんです」
 
検診医;「すぐに行った方が良いよ、今、紹介状書くから待ってて」
 
わたし;「えっ、今すぐに、ですか? 」
 
検診医;「うん、早いほうがいいよ。今日、これからすぐに行って」
 
わたし;「はい」・・というのがやっとでした。全身が凍り付いていました。

 

 悪い夢を見てるんだと思いました。
 
 着替えてカーテンから出ると、いっせいに(椅子に腰掛けて順番を待っている人たちからの)視線を感じました。

明らかな哀れみ・同情のまなざし・・・。それが痛いほどビンビンと伝わってきました。
 
 「乳ガン 」なんだ・・・・・・。 わたし、乳ガン になっちゃったんだ。なんで?こんなにはやく・・・。
 
 医師は再度わたしを呼んで、紹介状を渡してくれました。
「必ず、これを持って今日すぐに行ってね。よく診てくれるから。早ければ、大丈夫だから」
 
 その、言葉・・・もう・・・ほとんど「ガン告知 」だった。穏やかな、誠実そうな医師でした。
「先生は、診察はなさらないんですか? 先生のところではだめですか? 」 
 
 「僕は今、ずっと検診車に乗ってるんですね。だけど、僕じゃなくても、だいじょうぶだよ。良い先生はいっぱいいるから、とにかく今これから行ってね」
 
 あたまに、子どもの顔が浮かんだ。 今、5才。

 私は6才のあの子を見ることができるのだろうか?
 
  家に戻ると、急いで電話帳のページをめくりました。
 
 「乳ガン 」って、「何科 」なんだろう?

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2006年06月09日

13.ガン のための病院も医師も選べない理由

 心配して走ってきてくれたナースは、きれいな人でした。
 
 ナース;「○○さん、先生に謝った方が良いですよ、このままだと治療に差し支えます」
 
 私;「あんな言いかたされたら、こちらだってイヤになりますよ」
 
 ナース;「でも、○○先生は本当にガンの名医 なんです、立派な先生なんです。謝ってください」
 
 私;「でも、私の親友の父親はあの人のミスでC型肝炎になったんですよ」
 
 ナース;「それは私にはわからないんですが、でも、ちゃんと患者さんのこと考えてるんです」
 
 それは確かにそうなんだろうと思う。

 

きっと、そういう面もあるんだと思う。
 
 私;「でも、いつもあんな態度なんですよ、こちらが挨拶しても、いちども挨拶したことがない。患者はみんないつもあの先生の前でおどおどしてるんですよ。・・素直に言ったら、先生は書いてくれたと思いますか? 」
 
 ナース;「必要ないから、そうおっしゃったんだと思います。お母さんはこちらにお住まいなんですから、ここが一番良いんです。お母様のためにも今、謝ってください、お願いします」
 
 くやしいけれど、ここは田舎だから、病院を選べない。

 
近くに大きな病院はなく、ここへも車で1時間以上はかかる。
 
遠くの大学病院は倍以上かかる。
 
ナースはそのことも含めて本気で心配してくれていた。
 

それが素直にわたしたちに伝わってきた。 
 
 それで、兄と姉が謝ってくるということになった。兄に


 「おまえが行くとまたけんかになるから、ここで待ってろ」
 と言われて、私は母と待っているはずでした。
 
 でも母もいたたまれず、一緒に兄たちと診察室に入っていってしまいました。

 
ひとりで待っている間・・・母には悪いことをしてしまったと後悔していました。
 
ただでさえストレスがからだによくないのに、こんなイヤな思いをさせてしまった。
 

母が心配でした。
 
 暫くして3人が戻ってきました。姉が
「なんで、あいつ(間違いなく私のこと)は謝りに来ないんだ って、怒って大変だったんだよ。何も知らないのに口出すなって言ってたよ、いっぱいあなたのぶんも謝ってきたから大丈夫だからね」
 
「・・あぁ、私、行かないでよかった。その言葉聞いたらまちがいなく第2ラウンド始まっちゃってたね」


私は正直にそう思いました。(姉から)母もまた何度も私のために頭を下げたのだと言われました。
 
 やりきれない思いでいっぱいでした。

 
どうしてこんな思いをしてまで、ここでお世話にならなきゃならないんだろう。
 

これから先、あの医師がいったい何をしてくれるというのだろう。そのことを、ずっと考えていました。
 
 帰りの車の中で私はみんなに 
 「お母さんを東京のガン の専門病院へ連れて行く
と言いました。
 

posted by 柊 at 14:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12.診察室でのけんか・紹介状は書かない


 医師; 「俺は紹介状は書かない、どうしても欲しかったら、どこの病院の誰宛に欲しいのかちゃんと調べてこい! 」
 
  私;「・・・○○病院の○○先生です」
 
 医師;「なんだ、はじめっから考えてきてるんじゃないか。それは専門が違う。俺のほうが実績が  
          あるんだ」
 
 私;「じゃぁ、○○センターの○○先生」
 
 医師;「そこ行ってどうすんだ? 」 
 
 私;「他に方法がないかお聞きしたいんです」
 
 医師;「手術はしたんだから、他のことはなにもしなくていいんだっ」
 
 私; 「でも、転移してしまってるなら、何かできる治療はないか知りたいんです」
 
 医師;「そんなの、なにもないっ!」

 私;「では、再発を防ぐにはどういうことをすればいいんですか? 」
 
 医師; 「なにも考えないで普通に生活してればいいんだ。そうやって心配してるからがんになるんだっ」
 
 私;「でも、わからないじゃないですか、他に方法があるかもしれないじゃないですか」
 
 医師;「あるわけないだろ! 」
 
 私;「代替医療とか・・」
 
 医師;「はぁっ?そんなもん効くわけないよ、それにその先生は西洋医学だぞ」
       あきらかにバカにしたように私を見て、吐き捨てるようにそう言ったのです。
 
 私;「じゃ、再発したら母はどうなるんですか? 」
 
 医師;「その時はその時だ」
 
 「その時」・・・母は死ぬんですか?
 
  きっと、あなたは私の母が死んだって何とも思わないですね。

 

 悔しくて悔しくて、自分があまりにも無力で、情けなくて涙が出そうになりました。
 
 でも、こんな人の前でなんか絶対に泣くもんか、と歯を食いしばりました。
 
 

 医師;「時間の無駄だ、帰ってくれ。俺は紹介状は書かないからな」
 
 母は、そんな時でも医師に丁寧に丁寧に頭を下げて、何度も何度も謝って、私にも謝ってと言いました。
 
 母には悪いけれど、どう考えてもそんなこと、私にはできませんでした。
 
  4人で診察室から出て待合室へ行くと、一斉にみんながこっちを見ました。

 

 大きな声だったので、声が漏れていたんでしょう。
 
 ロビーの角のほうで話していると、さっきのナースが心配そうに走って来ました。

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2006年06月08日

11. ガン の主治医、診察室で怒鳴り散らす

 もうここではだめだと思って、医師を変えようとも思いましたが、兄たちは反対しました。
 
  これまでの治療や、説明の仕方、医師の態度にかなり不信感を持ってしまいましたから (詳しくはここでは書けません、ごめんなさい)。
 
 一度、別の病院で別のガン の専門医から「この治療で良いのか」を確認したかったんです。
  
・・・・・でも、あの医師にどうやって言うか、かなり神経を使いました。
 
  兄と姉と私と母が診察室に入りました。

案の定、こちらが丁寧に挨拶しても、医師は目もくれずにしゃべり始めました。
 
 それで、(計画通り)後々面倒にならないように、
「娘の所へ暫く静養に行くので、これまでの経過と検査などを書いていただけませんか」
と、母が丁重に頼みました。
 
 「ちょっと行くだけなのに、何で必要なんだ」
と、ぶぜんとした顔で医師が母をにらみました。
 
 いろんなやり取りがあって、その後
 
「なんだぁ、他の医者に診せるつもりで言ってたのか? どこの誰に書くのか言ってみろ! なんで今頃そんなこと言い出すんだ? セカンドオピニオン? そんなの手術の前にやるんだよ。やりゃぁよかったじゃないかぁ! 今頃やってどうすんだ! 」
 
 ・・・もうはっきり言って、「医師」ではなく、ちんぴらみたいなもののいい方なんです。

ものすごく怖いんです 。
 
 あまりに頭に来たので、とっさに私が
「そんな言い方しなくたっていいじゃないですか、母は先生を信頼して手術を受けたんですから」
そしたらなんて言ったと思いますか?
 ・・・・・
 ・・・・・
 
 「勝手に信頼されちゃ困るよ」
 
????? って、そんなセリフ・・・・。
 
 これにはおとなしい兄も、口をはさまずにはいられませんでした。
「それはないですよ、信頼してたから手術をお願いしたんです」

 
 またまた、話がエキサイト・・・・。


・・・気分悪いな、俺は名医で、本にものってんだぞ。このてのガン の手術じゃ俺は有名なんだ


 ・・・自分で「名医」って ふつう、言わないと思いますが?
 
 それに、医者が書いた本て、実は「裏」があるんです。いつかお話しします。
 
 とにかく大声で、怒鳴り散らされました。

 
 確かに正直に話さなかったこちらにも非があります。
 

 プライドを傷つけたのかも知れません。それは素直に謝ったんです。
 
 「俺の治療に文句言ったのは、あんたが初めてだ!」

 医師は、私の顔を睨みました。
 
 怒りは増すばかり・・・・。
 

 みかねてナースが割って入ってきました。
 
 医者は、最後にこう言い放ったんです・・・・。 


 それはまた次回に。
 

posted by 柊 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

10.『東京タワー』から医師の選び方を学ぶ

 胃ガン の手術後、しばらくたってから母と兄が医師 に呼ばれました。
 
 「ガン は、リンパ節 に転移 してました」
 
 「えっ、でも先生 は早期ガン だって・・何も心配は要らないって、ガン は全部取れますからと・・・」
 (と言うのがやっとだったそうです)医師 はそれには答えず、
 
「まぁ、思ったよりも深かったんですね」
 
・・・って、そんなガン の転移 の(可能性)ことひとことも言っていなかったじゃないですか?

 

(って、誰も言い返せなかったんです)
 
  「取れるところは、とっておきましたから」
 
念を押すように言われたらしいんですが、最初の話と全然違うじゃないですか。
 (とも言えず・・・)
 
 ただひたすら体を小さくして、医師 の機嫌が悪くならないようにただ耐えていたそうです。

「がんセンター の医師 」だから大丈夫 だろうと、母も兄もとても信頼していたのです。
 
 ガン の手術前の簡単な説明でも
「早期ガン で手術 で全部取れるから、何も心配いらない」

と言われました。
 

「開けてみるまでわからない」
 とは、けっして言いませんでした。
 
 この間、リリーフランキーの『東京タワー』 を読みました。
                (数年前まで、フランキー堺の子どもだと思っていました)
 
 声を出して泣いた、泣けた。
 
 特に、自分がガン でも、ひたすらに子どもを心配する母親 の愛情に泣けました。
 
 それと、そのなかにこんな一節がありましたね。   
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まぁ、そっちでちゃんと説明もあると思うけども・・・」
そう言いながら机の上にあったメモ用紙に胃袋の絵を描き、下半分のあたりを丸で囲んでその中を斜線で塗り潰した。
 

 「もうだいぶ大きくなってるねぇ」
その言葉、まるで我関せず といった口調で言った。

びっくりするよねぇという程度の軽い表情で言った。

 

 検査ではっきり判明してからはすぐに紹介状を出したのかも知れないが、それまであんたはなにをしてたんだと腸が煮えた。進行を止めることも切り取ることも専門外なのだとしても、もっと早くその状態を把握することはできなかったのか?あんたは年寄りの茶飲み友達か?

 その憤りをこの医師にぶつけることが筋違いなのかどうかはわからないが、なにより、その淡々とした明るい表情と自分は無関係であるかのような、その態度に怒りが起きた。

 オカンはあんたのことを信頼してたんだぞ!? もっと早く発見する術はなかったのか

 いつからあったんだ?

 そして、いつ大きくなったんだ?

 そして、あんたはいつ知ったんだ
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
 こんな医師 が、今でも世の中には結構いるんです。
 
 私の母方のおばあちゃんもこういう医師に出会ってたから、(定期的に通院しながらも)別の病院で検査を受けたときにはもう大腸ガン の末期で、あっけなく命を落としたんです。
 
 悔しいですね。 

あなた(医師 )に大事な命をかけていたのに・・・。

posted by 柊 at 07:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

7.あの執刀医は主治医でした

 恐れていたことが現実になりました。
 
 手術の2日前に執刀医の先生の評判を 聞いてしまった私でしたが、もうどうすることもできなかったんです。
 
 いちおう、他の先生はいないのかなぁと、何気なく母に聞いてみたんですが、母のようなタイプのガンはその先生の専門らしかったんです。もちろん母には言えませんでした。
 
 兄に相談してみましたが、
「そんなこと言ったって、今更どうしようもないだろう」
 
 ・・・はい、たしかにそうなんです、他に医師はいないし、今から病院を替えることなんてできない、あの医師も腕を上げたかも知れない・・・。
 
 その医師は母の主治医だったこともその時初めて知りました。でも、説明の日以降ベッドサイドに来ることはなかったんです。
 
「忙しい先生だから」
 
 母は(自分に言い聞かせるように)言いました。
 
 でも、他の患者さんの所には、別の先生がよく様子を見に来て、話しかけているのを母は知っていました。
 
それよりも気になっていたのは、母はだいぶ手術を待たされていたんです。「ガン」だとわかってからも延々と・・。
 
 なぜかというと、医師の話では
 
「(母よりも)重病の患者さんがいるから」
 
ということだったんですが、家族も含めて一刻も早く手術をして欲しかったんです。
入院しているのに、他の患者さんに先を越されてばかりでした。
 
 手術は簡単だから心配することはないとの簡単な説明で、立ち会った兄も
 「ここがガンだからここをとりますから、わかりましたねってだけだよ。(私の)言うとおりにしてればいいんだって感じだから、質問なんかできないよ、こっちはなにもわかんないんだし、宜しくお願いしますって頼むしかないよ」
 
 私たちは、「手術は簡単」「早期ガンで、たいしたことはない」との簡単な説明 に、何か安心しきっていたんです。
 
 母よりも「重病な患者が先に」手術しているということも、あせりはありましたが、何となくどこか安心させる材料になっていたんです。母は、ごく初期のガンなんだと、そう考えていたんです。
 
 手術は予定よりもかなり長引きました。術後の状態も高熱が続き、回復室からなかなか出られませんでした。
 
 医師からの説明も
「いちおう取れるところは全部とりました」
 以降、検査結果も含めて何も知らされませんでした。
 
 そして手術からだいぶたったある日、医師からこんな説明がありました。
 
 「リンパ節に転移していました」
 
 えっーーーーーーーどうして、それ!???・・・・
 
 
posted by 柊 at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6.ガン の主治医の評判とその手術

 恐れていたことが現実になりました。
 
 「胃ガン 」の手術の2日前にガン の執刀医の先生の評判を 聞いてしまった私でしたが、もうどうすることもできませんでしたなかったんです。
 
 いちおう、他の先生はいないのかなぁと、何気なく母に聞いてみたんですが、母のようなタイプのガン はその先生の専門らしかったんです。

もちろん「評判のよくない先生」だということなど、口が裂けてもそんなことを母には言えませんでした。
 
 兄に相談してみましたが、
「そんなこと言ったって、今更どうしようもないだろう」
 
 ・・・はい、たしかにそうなんです、他に医師はいないし、今から病院を替えることなんてできない、あの医師も腕を上げたかも知れない・・・。
 
 その医師は母の主治医だったこともその時初めて知りました。でも、説明の日以降ベッドサイドに来ることはなかったのです。
 
「忙しい先生だから」
 
 母は(自分に言い聞かせるように)言いました。
 
 でも、他の患者さんの所には、別の先生がよく様子を見に来て、話しかけているのを母は知っていました。
 
それよりも気になっていたのは、母はだいぶ手術を待たされていたんです。「ガン」だとわかってからも延々と・・。
 
 なぜかというと、医師の話では
 
「(母よりも)重病の患者さんがいるから」
 
ということだったんですが、家族も含めて一刻も早く手術をして欲しかったんです。

入院しているのに、他の患者さんに先を越されてばかりでした。
 
 手術は簡単だから心配することはないとの簡単な説明で、立ち会った兄も
 「ここがガン だからここをとりますから、わかりましたねってだけだよ。(私の)言うとおりにしてればいいんだって感じだから、質問なんかできないよ、こっちはなにもわかんないんだし、宜しくお願いしますって頼むしかないよ」
 
 私たちは、「手術は簡単」「早期ガン で、たいしたことはない」との簡単な説明 に、何か安心しきっていたんです。
 
 母よりも「重病な患者が先に」手術しているということも、あせりはありましたが、何となくどこか安心させる材料になっていたんです。

 

 母は、(先に手術された患者さんたちよりは)ごく初期のガン なんだ、とそう考えていたんです。
 
 母の胃ガンの手術は予定よりもかなり長引きました。

術後の状態も高熱が続き、回復室からなかなか出られませんでした。
 
 医師からの説明も
「いちおう取れるところは全部とりました」
 以降、検査結果も含めて何も知らされませんでした。
 
 そして手術からだいぶたったある日、医師からこんな説明がありました。
 
 「ガン はリンパ節に転移していました」
 
 えっーーーーーー!!!
 
 

posted by 柊 at 14:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5.ガン の手術の執刀医は、あの○○あり

 母 の「胃ガン 」の執刀医 は、(大きな声では言えませんが)以前、ちょとしたトラブルがありました。
 
 その患者は、私の親友の父親でした。

病名は「胃ガン 」でした。
 
 最初の「胃ガン 」手術がうまくいかず、十分な説明がないまま2度目の手術をしたあとに(後でわかったのですが)C型肝炎 になってしまいました。

 

 そして現在もまだC型肝炎 で苦しんでいます。
 
 母 のガンの手術 のために帰省して、親友の家におじゃまし、そのお父さんと話していたときにガン  の話になったんです。
 
 おじさん(親友のお父さん=以後 おじさん )は(その当時の)5年前に胃ガン の手術 を○○センターでしたんですが、

 
「経過はどうですか」
という話から始まりました。 


「実はうちの母 も、数日後にガンセンター で手術するんです」

と、話が進んだのです。
 
 「いやぁ、あのガンの手術は散々だったよ、ひどい手術でね・・・。結局うまくいかなかったみたいでいきなりもう一度手術するって言われたんですよ」
 
 「説明はなかったの?」
 
 「ねぇ ・・・、普通はちゃんとするでしょう、でもその先生は挨拶もしないような人だから、こっちが聞いても理由を最後まで言ってくなかったんだよね」   
 
・・・その他にもここでは書けない事がいっぱいありました。


 「少し質問でもしようものなら、『何か文句があるのか!』 という感じで、すごまれるんでね、何も言えなかったんだよね」

 
「本当に・・・そんなことってあるんですか? 」

といやな気分というより、怒りがわいてきました。 
 
 そんな医師 が実際にいるんだ・・・・と信じられない気持ちになりました。

 

 しかし5年前のことだし、もうその医師はいないだろうと考えていたのです。 
 
 「・・・もういないかも知れないけど、確か○○って言ったと思うよ」

(その一件以来その医師 が信頼できなくなり、おじさん は病院 を変えました)


「お母さんのガン を切る人が、その先生 じゃないといいね」

 

「・・・・・・ 」
 
  その時点で私は母の執刀医 の名前を知りませんでした。
 
 ただ、イヤな予感はしてたんです。

 

 母が、先生 (医師 )は、挨拶をしてもしてくれたことがないんだよねぇってこぼしていたので・・・。
 
 それで早速、病院 へ行ってベッドの頭の所に書いてある名札を見たんです。
 
  「外科 ○○先生 」  えっー・・・・・一瞬で血の気が引きました・・・。
 

 どうしよう・・・「胃ガン 」の手術 は2日後だったんです。
posted by 柊 at 11:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4.ガン は前年に市のガン検査 で見過ごされていた

今回は母のことを書きます。
 
 母は6年前に市の「胃ガン検診 」で「異常 」が見つかり、「精密検査 」を勧められました。
 
 でも、実際に前年の「胃ガン検診 」の時にも「異常 」はすでにあったんです。
 
 で、どうしてその時に病院 へ行かなかったと思いますか?
 
 その時に行ってさえいたら、こんなことにはならなかったんですが。
 
 うちは、「ガン 家系だから」と母は毎年欠かさずいろんな検査をしていました。

父が早くに「胃ガン 」で亡くなったので、「自分が死んだら子どもたちがかわいそう」と思って、いつも欠かさずがん検診を受けてくれていました。
 
・・・・・なのになぜ・・・・?
 
 そんなことってあるのかな、と思いますが 、理由はこうです。
 
 前年の市からの「胃ガン検診 」の検査通知には 「軽いただれ 」 と書いてありました。

 つまり、ガン検診医 はその「異常 」に気づいていたんです。
 
 しかし、誰かが、鉛筆 書きで 「様子を見ること」 と書き加えていたんです

・・・・・それは、(健康課の担当者が)行った行為で、悪意 はなかったんだと思います。
 
  でも、その一文が決め手になりました。

 まじめな田舎者の母 は、忠実にその言葉に従ったんです。
 
  もしも、それを書いてくれなかったら、神経質な母 は、すぐに病院へ行ったと思います。

その時に、ガン の精密検査 をしていたらどうだったんでしょう・・・・。
 
 「がんセンター 」では「数年前からのもの(ガン )」という診断でした。
 
 その時に見つかっていたら、少なくとも「転移 」することはなかったんじゃないかと思うと、 どういう意図で書いたかはわからないけれど、「検査 」の担当者ではない人が書き加えるという行為は止めるべきだと思います。
 
 たぶんそんなことはそんなにあるものではないと思いいます。

 いえ、あってはならないことです。
 
 そのことに気づいたのは、だいぶたってから(手術 後母が)見つけたんでしたが・・・。
 
 「くやしい、くやしい」 と言っていました。

 

 誰だかわからない人に、自分の人生を変えられてしまったことがやりきれなかったようです。
 
  運が悪い時って、なぜかわからないけれど、どんどん重なるんです。

 これだけではありませんでした。

 
 でも、もしあなたが同じようにがんで苦しんでいても安心してください。

がんでも大丈夫、こんな母でも生きられました。
 
不幸にもいろんなことが重なりましたが、ちゃんと元気にしています。

生活習慣病で苦しんでいるあなたも大丈夫です。

おそらく、あなたの間違った食生活、生活習慣が「病気」を作り出しました。

あなたが「生活習慣病」になった原因は、ひとつではないでしょう。

ですから、治す方法もひとつではないはずです。

現代医学で治せるところは治せばいいと思います。
 
 なぜなら、それを別の方法で治すのには相当の時間と覚悟が必要だからです。

ただ、現代医学で治療しても、かならず限界があります。
 
 病気を作り出した心と体を変えない限り、また「生活習慣病」になっていくからです。

心を変える(癒し)、それが体を治す大きな力になります。


母がなぜ、生きていられるのか、時々考えることがあります。


たぶん、母にちょうど欠けていた部分をおぎなったからではないかと思います
 


あなたに欠けてる部分は、なんですか・・・・・?
  

  
 教訓その1・・「ガン検査 の結果通知 」の鉛筆 書きは無視しよう!
          「軽いただれ 」でも心配なら、病院へ行きましょう。
 
 

posted by 柊 at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 母のケース・胃ガン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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